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杉尾優衣 ~ 両親のメッセージ ~

母・瑠井子の言葉

『母さまが帰ってくる 杉尾優衣作品集・下』の巻末に、優衣の母・杉尾瑠井子によって書かれた、このよう一節があります。とても大切な部分で、杉尾優衣とその詩を愛する皆さんにぜひとも読んでいただきたいので、一部を引用させていただきます。

両親による私家版は『杉尾優衣詩集 南国の秋が私をさがしている 杉尾優衣作品集・上』と『母さまが帰ってくる 杉尾優衣作品集・下』の2冊があります。

「優衣の最期がみずから死を選んだことで、優衣の作品について、詩の評価ではなく、優衣のそういう最期にばかりこだわっている詩評を見たことがある。優衣の心の中の死の覚悟が、これらの作品を生み出すのを可能にしたという見方であった。優衣の詩人としての能力や努力を一切否定しているそういう評を、私は黙認することはできない。

優衣の詩は遺書として書いたものではなかった。優衣の作品は、優衣という、生と死を見つめて、生きる詩人の根源から生まれたものである。優衣の死という結果から、これらの詩を理解しようとすることは、優衣の真実に背を向けることになる。詩人の、人としての突然の死と、作品を結び付けて、その作品とその人を解釈することは、作品を理解することにも、人を理解することにもならない。(中略)

優衣の作品は、優衣が生きた日々のいのちのなかから生み出された。優衣の喜び悲しみ苦しみが、優衣の生命の根源に照らし出されて、優衣の知性の言葉になったのだから、それを見る人が、生きている側にあるものとして見なければ、とうてい詩人の真実を受け取ることはできない。私は、優衣がけんめいに生きるために、反対側にある見えない死を、目をそらさずに見つめたからこそ、優衣の詩に価値を見、それでこそ優衣を詩人とよぶ。そうして、優衣の詩が生きている側の人にとって意味を持つのである時に、文学の名にふさわしい、生きる者が意味と意義を持つことができるものを文学性とよび、それがあるから優衣は生きている人の心の中に生き続けていく。

優衣は、遺書として作品を書いているのではない。優衣の作品は「残された作品」なのではなく、「残った作品」なのである。優衣の詩の中には、私たちと一緒に生きていたあの子の命がそのままに脈打っている。

優衣の死は当時の各メディアによって十分な取材や調査も行われないまま、センセーショナルな面だけが誇張されて報道されました。
中には、「両親は重病」「両親の介護疲れで追い込まれ」などと一方的に決定づけた表現があり、家族をはじめ肉親の心情を深くえぐり、失意の淵に追いやるものがありました。

本書にもありますが、両親が重度の介護を要したのは過去の一時期であって、事件があった時期にはすでに、父・虹楓は通院治療によって安定しており、母・瑠井子は不安定な状態ではあったものの、過去の入院やリハビリによって飛躍的に改善しており、一家にとってもっとも穏やかな時期でした。優衣の高校生活が始まり、新築された新居に引っ越したばかりで、家族揃って温かな日々を重ねていこうとしていた矢先でした。優衣が去った部屋には、友達へのプレゼントが包装されて机の上にあり、手帳には先の予定がたくさん書かれていました。

両親の介護苦を優衣の死に直接結びつけるのは間違いだったのですが、当時はまことしやかにその節が吹聴されてしまいました。

私自身、杉尾優衣の詩を読むとき、心の何処かに彼女の最期にまつわる謎めく側面を絡めてしまい、あたかも、この世を儚んだ人間が書いた作品のように受け止めてしまっている自分がいました。

しかし本書を手に取る機会を得て、優衣の母が書いたこの一節を読んだとき、心の臓をぐっと掴まれたような気持ちになりました。
そして、(おもにネットで)杉尾優衣が夭折したことにこそ作品の価値が見出される、というような発言が散見されることに、心を痛めるようになっていきました。

  

父・虹楓の言葉

同書の巻末では、優衣の父・杉尾虹楓がこのように書いています。

詩人の詩に解説は本来無用のもので、詩集を手に取る人がそれぞれに作品からじかに自分で作品の世界を受け止め、拡張していくべきものであり、優衣の作品はそれを可能ならしめる質を備えていることは分かっていたが、『杉尾優衣詩集』のいくつかの詩に、敢えて解説の愚を行った。それは、どんな作品も誰かが評価しなければ、残らないと思ったからであった。その最初の人ならんことを期してのことであった。私はその仕事が、私の為すべきことのように思った。優衣を育ててきた親として、逝ってしまった子に何かしてやれることがあるとしたら、もはやそれくらいのことしかなかった。そうやって出発した優衣の作品は多くの人の評価を得て、詩人杉尾優衣は自立したひとりの文学者となり得た。

“解説”とは、『杉尾優衣詩集 南国の秋が私をさがしている 杉尾優衣作品集・上』に書かれたものを指します。

たしかに、詩に限らず様々な作品は、受け取る人の世代や状況、感性によって意味合いが変わることもありますし、受け止め方は人それぞれに自由であり、だからこそ心に残り、刺さるのだといえると思います。

それでも、両書を通して優衣の両親が綴った痛切な心の声に触れることによって、私は、優衣の作品を読む自分に向けてこう言い聞かせるようになりました。

「杉尾優衣の作品は遺書ではない……。生きた人間が書いた、この世の営みを見つめて綴った、英知と人間性の果実のようなものなのだ」と。

杉尾優衣の作品に興味をもつ人に、ぜひともこのことを伝えたくて、本文の一部を引用した次第です。

サイト管理者 takibi

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